やっちー(・ω・)の頭の中。

愛と幸せをおすそわけします。

生ききってくれて有難う。

どうもやっちーです。(・ω・)


今日、帰りの電車で、悲しいお知らせが入ってきました。


私の高校の卒業生で、一回り下の子が、ガンでお亡くなりになったという訃報でした。


代は違えど、同じ市船魂を持った、音楽を愛する仲間。
深い関わりはなくとも、やっぱり悲しいです。

同期の仲間たちや顧問の先生、ご家族の方々の悲しみは想像を越えるものでしょう。



彼の訃報を聞いたとき、思い出したのは、事故で亡くなった二個上の先輩。
若干二十歳で亡くなった、中学の同級生。
白血病で亡くなった、子供の頃お世話になったお兄さん。


大学二年から三年にかけて、立て続けに訃報が届き、
神様はなんて残酷なんだろう。
なんでこんなに若い人たちが事故や病気で死ななければならなかったのか。
なんでこの人たちが死ななければならなくて、こんな私が生きてるんだ。
と、悔しさと悲しさとで押し潰されそうになった時期がありました。




でも今思うのは、「人はみな、生まれる前からすべてを決めてきているんだ」ということ。


どこに誰の元に生まれ、どんな人生を歩み、どのように死んでいくのかは、すべて生まれる前から決めてきている。


前世でできなかったことを今世でやり、今世でできなかったことは来世のお楽しみ。


そうやって命は、巡りめぐって生まれ変わってるんじゃないかって。


前世の記憶は、細胞一つ一つが潜在意識レベルで覚えている。



だからもしかしたら、亡くなった先輩も、同級生の友達も、お兄さんも、姿形を変えてどこかで次の人生を歩んでいるのかもしれない。



そう考えると、死に対する考え方も、少しは変わってくるのかなって。




大切な人が亡くなったとき、その人の死を嘆き悲しむのではなく、「生まれてきてくれてありがとう。」「生きてくれてありがとう。」と思えるような、そんな人でありたい。
そして自分が死ぬときも、大切な人にそう思われながら見送ってもらいたいかな。

そんな風に思えるようになりました。


今この瞬間、自分が生きてるって、なんて奇跡的で、ありがたいことなんでしょう。


生きてるだけで丸儲け。





今回肉体から解放された彼の魂が、安らかに天国へと旅立てますように。


ご冥福をお祈りします。



?愛と幸せおすそわけ?
やっちー(・ω・)