やっちー(・ω・)の頭の中。

愛と幸せをおすそわけします。

愛くるしい

どうもやっちーです。(・ω・)



トータルテンボスってコンビ知ってます?

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このコンビのネタ、けっこうおもしろいんだけどさ、この右の人。大村。


この人がすごいいたずら好きで、YouTubeとかにもあがってるのがめちゃおもろい。(笑)



ちなみに被害者は相方の藤田。(笑)



藤田はとてもピュアみたいで、毎回見事に引っ掛かってくれる。



そんな藤田に、「テッテレー」をしたあと必ず言うのはその一言。




「愛くるしいなぁお前は~(*´∀`)」



この言葉に最近私ハマってまして。



例えば、




ブラックな自分の感情がちらりと顔を出したとき・・・



「愛くるしいなぁお前は💖」



不安な感情が沸いてきたとき・・・



「愛くるしいなぁお前は💖」



酔っぱらい親父が千鳥足出歩いている姿を見て・・・



「愛くるしいなぁお前は💖」



電車で我先に座りにいくおばはんに対して



「愛くるしいなぁお前は💖」



こんな感じで、どんな感情もどんな人も



「愛くるしいなぁお前は💖」



と思うと、不思議と許せる。



これも、愛の力やな(・∀・)(笑)



愛くるしいなぁ💖



💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

エブリデイアップデート中

どうもやっちーです。(・ω・)


量子力学的にいえば、人は毎瞬毎瞬生まれ変わっていて、今ここにある自分は常に新しい自分にアップデートされているらしい。



つまり、一年前の自分と今の自分は違う。



一ヶ月前の自分と今の自分は違う。



一週間前の自分と今の自分は違う。



昨日の自分と今の自分は違う。



常に「今この瞬間」を生きている自分は、最新の状態なわけだ。



でも人は、時に過去の出来事、経験、そのときの感情に想いを馳せて、今の自分と比較する。

あの頃に戻りたいと思ったり、あの頃と変わっていない自分に失望したり、あるいは安心したり。




それって、例えて言うなら【地縛霊】みたいなものだなと。




『肉体』はもうそこにはないのに、『想い』はそこに残っている状態。




ポジティブなものなら、【地縛霊】は【守護霊】になれるかもしれない。




でもそれがネガティブなものだとしたら?



その『想い』は、人を怖がらせたり、人を陥れたりしてしまうような、いわゆる『呪い』のようなものになる。



そう考えたら、過去の自分の経験や出来事や感情に執着してそこから離れようとしないことが、実はすっげー馬鹿馬鹿しいことなんじゃないかと。



ていうか執着って、自分だけじゃなくて他人まで不幸にするんじゃね?



・・・って今思った💡




今ここにある自分が最新なんだから、そもそも過去の古い自分に執着することないじゃないかと、そんなことを思う今日この頃です。



人を呪うような【地縛霊】じゃなくて、人を守ったり、幸せに導くような【守護霊】でありたい。




ちなみに、私の今のテーマは《執着を手放す》ということ。




いや、地縛霊なってるやん(笑)



でも、その考えを知ってから、私の中でスイッチが切り替わる感覚があって、【執着】にしがみついている自分が馬鹿馬鹿しく思えてきてます。



そろそろ守護霊になるかいの。(´ω`)



💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

アクシュミ

どうもやっちーです。(・ω・)



最近、自分のブロックに気づいて絶望したり、奮闘したりしてる人をみると、うきうきしてしまうというなんとも悪趣味な状態になりつつある。



別にその人が大変な思いをしているのを面白がっているとかではなくて。



その人がそのブロックを乗り越えてしまったら、いったいどんな変化が待っているんだろう?と、その先に待っている素晴らしい未来にワクワクする。



人が変化していく様は実に面白い。



初対面のとき、死んだ魚のような目をしていた人が、日に日に目に輝きを取り戻していく。



口角は下がり眉間にはシワを寄せていた人が、眉が上がり目頭や口元に笑いジワを作っている。



幽霊のように存在感のなかった人が、誰よりも輝き存在感を放っていく。



そんな人の変化をたくさん見てきたからこそ、その変化への第一歩を今まさに踏み出そうと奮闘している目の前の人の無限の可能性にワクワクする。



次はどんな変化を見せてくれるの?



あなたはどんな風に変わっていくの?



まるでアニメの次の回を楽しみに待つように、



映画の予告を見ているみたいに、



前のめりになってテレビにかじりつく子供のように、



楽しみでしょうがない。




端から見たら、嫌なやつかも。(笑)




自分がそんな風に見られていたら「この野郎他人事だと思って・・・」とかなんとか思うだろうな。(笑)



でも、ブロックを乗り越えたあと、自分の軌跡を振り返ってみると、「こんなに変われたんだ」と、やっぱり嬉しくなるもので。



その快感を一度味わってしまうと、やみつきになっちゃうんだよなぁ。



さてさて。明日はどんな変化が見られるのでしょう✨


💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

地図は土地そのものではない

どうもやっちーです。(・ω・)


先日、神戸さんが埼玉県の教育委員会で講演をさせていただきました。

私もスタッフとして同行。


「希望を生み出すコミュニケーション力」というテーマでお話しされました。



参加されていた先生方はとても一生懸命に聞いていて、そんな姿を見て私の中の「教師」という概念が書き変わった感じがしました。




私は中学生ぐらいのときから、とにかく先生が嫌いでした。


信頼できる先生がいなかったっていうのもそうなんだけど、先生なんて、生徒のことなんも考えてくれてない、なにも見てくれてないって思ってました。



中1の時の担任は、一年目の新任の男の先生で、私がクラスの男子に酷いことをされたと訴えても、数回ただ注意をするだけでなにもしてくれなくて、そのときすごく先生にたいして失望した記憶があります。


一番の黒歴史である中2から中3の時の担任は国語担当のおばさん先生で、思い返せば、生徒をコントロールしようとするような印象でした。

基本的はいつも眉間にシワよってる感じ。

当時の私は問題児だったから、その先生にも目をつけられていて、なんか個別に呼び出されたような気もする・・・(笑)


他の先生もなんか信用できなくて、先生ってそんなもんなんだって思ってました。

だから研修で先生が休みのときも「さぼってんじゃねーの?(笑)」みたいに思ってて。



でも今回、先生方の真剣に学ぶ姿を見て、こうやって生徒のために忙しい中色々学んでくださってたんだなぁと、当時のなめ腐ってた自分を反省しました(笑)


いやはや、先生って素晴らしいです。






・・・そういえばふと思い出したけど。


私が問題児だった頃、学校の特別棟にある、あまり人の来ない場所で休み時間をすごしていた時期があって。

屋上に繋がる階段の所だったんだけど、私はよく鍵のかかった扉をピッキングして開けたり(←犯罪)小窓から抜け出して屋上に出たりしていて(←悪い奴)それをたまに学年主任の先生に見つかるんですよね。


七三分けで四角い眼鏡のおじさん先生だったんだけど、指導はすれど、なんていうか、「生徒を見守ってくれている」感じの先生だったような気がする・・・。


先生は全般嫌っていたけど、その先生も嫌ってはいたけど、心から嫌いってわけでもなかったかもなぁ・・・思い返すと。


・・・とかいって記憶違いだったりして(笑)



でも、だれかが「見てくれている」っていくのは、少なからず心のブレーキにはなるのかもしれないですね。いい意味で。






ちなみに、今回ご縁を繋いでいただいた亀田先生(愛称かめちゃん)は、もともとは小学校の先生。
初めて受け持ったクラスでいじめが発覚し、学級崩壊が起きてしまったのをきっかけに、いじめ問題について研究するようになったとか。
今では大学でも教鞭をとっていて、色んなところで講演しているすごい人。

今は、問題を抱えた子どもや親御さんの相談役として「スクールソーシャルカウンセラー(SSW)」というのがあるらしく、そういった制度とかも活用して「チーム学校」として子どもたちを守っていきましょう、というのがあるみたいで、その事についても今回話していました。

で、生徒を守るためにはやっぱりコミュニケーションって大事だよねってことで、コミュニケーションのプロである神戸さんにもお話しいただく機会をいただいたと。

私も初めて聞いたけど、こういう制度大切だなって思ったし、もっともっと広まるべきだなって思ったなぁ。
いざというときの駆け込み寺があるってだけで、問題を抱えている子どもにとってどれだけ救いになるか・・・。

世の先生方、頑張ってください‼

💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

日常の分厚さ

どうもやっちーです。(・ω・)


高校の時、部活の顧問の先生がよく言ってたこと。



「日常の分厚さに負けるな」



私たちは存在しているだけで十分に価値があって、


恵まれた環境の中で、豊かな生活ができている。


そんな「幸せであること」が当たり前の私たちは、ちょっと悲しいことや、辛いことがあったとき、「自分は今、世界で一番不幸な人間だ」なんて思ったりする。


幸せであるにも関わらず、「幸せじゃない部分」に意識を向けて、無駄に落ち込んで、無駄にエネルギーを使ってる。


「非日常」の世界は、そんな日常の分厚さを忘れさせてくれるけれど、その「非日常」が「日常」になってくると、これまた「日常の分厚さ」に負けてしまう。



ていうか、「日常」ってなんやねん。



そもそも「全く同じ毎日」なんてないんだから。


同じような一日一日でも、起きる出来事は毎日違う。


同じだと思っているのは、自分。


だから、毎日が実は「非日常」。



・・・まぁ私はいつも突出して「非日常」の世界に身を投じているような気がするけど(笑)



毎日がつまらないとか、刺激がないとか、そんなことばかりいってる人。



日常の分厚さに、負けてませんか?



私は、負けてないかしら。





まぁ、負けそうになったら、ヴォルテックスにきちゃえばなんてことないんだけどね(・∀・)←


💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

幸せ連鎖

どうもやっちーです。(・ω・)


ブログに書きたいネタがたまってます。(・ω・)


思い付いたらその場で書けよ


って、もう一人の私が言ってます。


最低でも三日に一回は更新できるように頑張ります。(笑)





さて、ブラックな私を認めて許してから、ブラックな感情にも素直になってみること約三週間。


ブラックに呑まれてる、私。(笑)


言霊ってこわいねー。


ブラックな感情を口に出すとさ、なんかどんどん自分が不細工になっていくような、黒い霧が自分の回りにまとわりついてくるような、そんな感じがして、それもまた違うよなぁと。


感情を認めて受け入れることは大事だけど、感情に呑まれるのは違うよね。


てことで軌道修正。


認めて受け入れたあと、次が大事。


感情の裏にある本質に気がついて、最終的に「私ってやっぱりステキ💖」ってなるように、軌道修正してます。




てか全然関係ないんだけどさ、こないだ大学の友達の結婚式があったんですよ。


その友達のウェディング姿がまぁーーーー素敵で、私終始うるうるしてました。

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ちゃっかりブーケもらっちゃったし。(笑)



式もとってもすてきで、新婦の趣味てんこ盛り+サプライズ満載で、とても参考になりました。(゚ω゚)




・・・えぇ、『参考に』なりましたとも。



私結婚式の間何考えてたかって、ずーっと「新婦きれいすぎる」か「自分の結婚式はあーしようこーしよう」かのどっちかでしたから。



ほら、トシさんもいつもいってるじゃないてすか。



『言葉』と『イメージ』と『感情』を
望む方向にあわせるって。



友達の結婚式に出たりするのも、そういう意味で大事だわよね(・∀・)



かと思えばさ、早速また別の友達から結婚式のご招待来てさ。


私からしてみれば『キタ━(゚∀゚)━!』なわけっすよ。



みんなその調子でどんどん幸せになってください。


普通にめちゃくちゃ嬉しいんで。


あと、周りが結婚すればするほど「次は私の番」って思える。



人の幸せが幸せって幸せだなぁ。


私の心まで幸せで豊かな気持ちになれる。


そして私の日常はさらに望む方向へと進んでいくのだ。(`・ω・´)


皆さんのおかげで私、幸せでっす‼✨



ありがとうございます。




明日から大阪いくよ。


💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

黒い

どうもやっちーです。(・ω・)

 

最近また、大きく感情を揺さぶられる出来事がありまして。

 

ちょうどタイミングよくエネルギーマスター系のセミナーが続いていたので、どさくさに紛れて自分と向き合っていました。

 

 

で、昨日のライトで一個大きな気付きがあったのでシェア。

 

 

出てきたのは、ブラックな自分。

 

「もう嫌だ」
「こんな惨めな思いはもう嫌」
「助けて」
「自分なんか嫌いだ」
「死にたい」
「誰か殺して」
「手放したい」
 

久しぶりに、がっつりと毒が出てきた。

自分が嫌いで死にたくなる感覚も、久しぶり。

どろどろとした汚いものを思いっきり吐き出した後、私の目の前に現れたのは、二人の私だった。

 

 

一人は、黒いワンピースを着た長い黒髪の、赤い眼をした「黒い私」

 

もう一人は、白いワンピースで同じ容姿の「白い私」

 

2人とも、手には包丁を持っていた。

 

白い私は黒い私を殺そうとしていた。

 

目の前で、二人の私が無表情で殺しあう。

 

それを目の前にした時、私は思わず「やめて!」と叫んだ。

 

「黒い私を殺さないで」

 

そう思ったとき、私は気が付いた。

 

私が今まで、「黒い私」を閉じ込め、封印しようとしていたことを。

 

 

私は「明るくて笑顔のステキなかわいいやっちー」が好き。

 

皆も私をそう思っている。

 

だからそんな私でいたかった。

 

それがありのままの私だと思っていた。

 

確かに「明るくて笑顔のステキなかわいいやっちー」も私だけど、私はそんな私をいつの間にか、過剰に「演じて」いた。

 

そして、引き寄せの話を知ってから「ネガティブを考えるとネガティブな現実を引き寄せる」と思って、ネガティブが出てきたときは頑張ってポジティブに切り替えようとしていた。

 

わりと無意識に。

 

私は今まで、黒い私を良しとしていなかった。


妬み嫉み僻み


そういった醜いものを表に出すことは良くないと思っていた。

 

白い私だけを認めていた。

 

黒い私も私なのに…。

 

 

「ごめんなさい。あなたも私なのに。

私はあなたを閉じ込めようとしていた。

ごめんなさい。」
 
 
黒い私にそう伝えると、彼女は血の涙を一筋流して、私のところに入ってきた。
 
 
 
目が覚めた時、私の感情はゼロだった。
 
 
全てのことがどうでもよくなっていた。
 
 
今まで悩んでいたこと何もかも、全て。
 
 
ずっと手放そうとして手放せなかった執着が、ようやく手放せた気がした。
 
 
 
私はポジティブやっちー。
 
 
いつでも笑顔。
 
 
 
でも、だけど、
 
 
 
いつでも笑顔でいれるわけじゃない。
 
 
いつでもポジティブでいられるわけじゃない。
 
 
 
本当は私はすごいネガティブで、卑屈で、あまのじゃくで、依存的で、冷たくて、自己中心的だ。
 
 
今までは、それを出してはいけないと思っていた。
 
 
皆に心配をかけるから。
 
 
私のイメージが崩れるから。
 
 
ネガティブなところを出したら、ネガティブを引き寄せるから。
 
 
愛で満たされている状態であれば、黒い私を見ないでもいられるけど、なにかネガティブなことが起きたとき、愛が枯渇したとき、そのときがしんどい。
 
 
 
でも今回のインナージャーニーを通して、そんな黒い私も私だって受け入れられたら、すべてがどうでもよくなった。
 
 
どうでもいいことに悩むのに疲れた。
 
 
愛を求めることに疲れた。
 
 
わざわざ傷つくことに疲れた。
 
 
疲れた。だからもう、全部やめよう。
 
 
 
ブラックでいい。
 
 
 
可愛いげがなくてもいい。
 
 
 
どぎつくなってもいい。
 
 
 
それが私だから。
 
 
 
これからは、自分のことを満たすことだけに集中する。
 
 
 
今までだってやって来たことだけど、それは、ポジティブな私がキラキラと輝くためにやってきたこと。
 
 
 
これからは、本当の意味のありのままの自分が、私らしくいるためにする。
 
 
 
そう決めました。
 
 
 
 
みんなさ、私のこと、「ポジティブで明るくていつでも笑顔のステキなやっちー」って思ってるかもしれないけど、私本当はネガティブなんだよ。結構毒吐くんよ。
 
 
 
でも、そんな私も私なんだよ。
 
 
 
そんな黒い私も私はまるっと受け入れて、まるっと愛することにした。
 
 
 
自分の好きなこと、やりたい事だけに没頭する。
 
 
 
そう決めたら、なんだかめちゃくちゃワクワクしてきた。
 
 
 
どこにいこう?なにをしよう?
 
 
 
夢が膨らむ。
 
 
 
イチャイチャベタベタバカップルをみて皮肉を感じてる自分さえおもしろくて、愛おしい。
 
 
 
黒い私、これもあり。
 
 
 
 
そう、私は私だ。何が悪い。
 
 
💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)