やっちー(・ω・)の頭の中。

愛と幸せをおすそわけします。

私の好きは、どこから?

どうもやっちーです。(・ω・)



帰り道、たまたま一緒になったマスター受講生ののりさんとお話ししながら、自分のルーツでひとつ気がついたことがあった。



ちなみにのりさんは、絵を描いている人。

のりさんに「いつから絵を描く仕事をしようと思ったんですか?」と聞くと、その夢の根っこには「絵を描くことが好きだから」というのがあった。



ところで、私の子供の頃の夢は「漫画家になること」だった。


なんで漫画家になりたかったかというと、小学生の時に図書室にあった手塚治虫の伝記を読んで、「私もこの人みたいに伝記になるような人になりたい‼」って思ったのがきっかけだった。


私の父は普通のサラリーマンとはちょっと違った仕事をしていて、しかも学生の頃からの夢を叶えた人だった。
そんな父によく言われてた言葉が、

「お前は林家の娘なんだから~」


私もお父さんみたいに、林家の娘としてなにか名を残すようなことを成し遂げたいと、たぶん私は思っていた。



つまり私が子供の頃抱いていた「漫画家になる」という夢は、裏を返せば「家族や世間に認められたい」という欲求から出たものであって、自分の「好き」という感情から来たものではなかった。



ということに気がついた。



のりさんは、「絵を描くことが好き」という感情からきた夢だったから、ぶれずにここまでこれたし、夢を叶えて絵の仕事をしてるんだと思う。


私の父も、「映画が好き」という感情からきた夢だったから、どんなに辛いことがあってもその夢はぶれなかった。だからここまできた。



でも私の夢は「好き」からではなく「認められたい」からきた夢。だからぶれた。だから諦めた。


だって、認められるなら漫画家じゃなくても良いわけだから。



「好き」からきた夢は、ぶれない。



「好き」という感情からきた夢は、その感情が強ければ強いほどその思いは大きくなる。



「好き」のためならどんなこともできる。



だからぶれない。



だから叶う。



あくまで自分がそう感じただけだけど、なるほど。と、すごく納得した。



やっぱり、夢を叶えるためには感情って大切だ。



💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

私の知らないワタシ

どうもやっちーです。(・ω・)



人間は、四種類の自分を持っているらしい。



自分も他人も知ってる自分。
自分しか知らない自分。
他人しか知らない自分。
そして、自分も他人も知らない自分。


ありのままの自分で生きるためには、
「他人しか知らない自分」「自分も他人も知らない自分」を知っていかなきゃならないんだなって思った今日この頃。



自分なりに「自分らしく」生きてるつもりでも、他人から見たら「ずいぶん無理して頑張ってる」って見えてるかも。


それは今までずっと、無理して頑張って生きてきたから。それが当たり前だったから。



だから「もっと楽に生きていい」「もっと緩んでいい」っていわれても「やってますけど?」「これ以上どうしろと?」って思っちゃうんだよね。


自分の知らない自分を知ると言うのは、その当たり前を覆すということ。


固定概念を取っ払って、今まで見てなかった自分の一面があることを受け入れること。


「ここにこんなことを感じている自分がいるんだ」と、存在を認めること。


そしたら、新しい自分が発見できて、自分が知ってる自分の枠が広がっていく。


それはつまり、自分の可能性が広がっていくということ。


でもそのためには、他人の力を借りなければ、自分の知らない自分を知ることはできない。


だからいろんな人に助けてもらうんだ。


私はまだまだ若いから、知らない自分が多すぎる。


もっと知って、もっと受け入れていこう。


💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

当たり障りのない平凡で幸せな一日。

どうもやっちーです。(・ω・)



寒くなってきましたね。


冬の初めの、ひんやりした夜が好きです。


服の隙間から入り込んでくる冷たい風が気持ちいい。


冬生まれなもので(*・ω・*)


気がついたら、11月も後半に差し掛かってきました。


あと一ヶ月半で今年も終わりですね。


カレンダー見て確認したら、ヴォルテックスの年内の大きなイベントも、残り十回を切っていて、なんだか切ない気持ちに・・・。


まぁ、年明けたら早々にビッグイベントが立て続けに待ってるから、寂しがることもないんだけどね(・ω・)



そうそう。
今日はパワパフ会で観劇してきました(*・ω・*)


パワパフ会=ヴォルテックス三人娘の会。結成後一年たってようやく名前がついたという(笑)


今品川でやってる【フエルサブルータ WA ‼】
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なんかもう、言葉では表現できないような迫力と盛り上がりのパフォーマンス‼


アドレナリンがめっちゃ増える感じ(・∀・)


ちょー楽しかったー✨


定期的にこういう刺激も大事ね(・∀・)


帰りにラーメンストリートでつけ麺食べて、女子トーク



やばい、楽しい💖(*´ω`)



当たり前のような、奇跡のような幸せな時間。


素敵な時間を共有できる仲間がいるって、本当私幸せもんだ。



ぽんぽこぽんになったお腹をさすさすしながら、それでも帰りに一人飲みたくなる、そんな夜です。


💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

スネ夫みたいな奴

どうもやっちーです。(・ω・)




今日は私のキラキラな高校時代をご紹介。


私は、地元でも有名な、部活の盛んな名門校に入学。
吹奏楽部に入り、三年間仲間と共に青春を謳歌。
パートの先輩に可愛がられ、後輩の面倒見も良い。
三年生の頃にはテレビの取材も来て全国ネットに放送されたことも。
二年生の時にはイケメンで優しい先輩に告白されたことも。
公私共にとても充実した高校生活だった。



・・・ね?すごいでしょ?


でも、こんな風に聞いたらどうでしょう。



クラスではいつも傍観者。
休み時間は基本的に一人で過ごすことが多く、クラスの友達と一緒にお弁当を食べていてもどこか輪の外にいるような感覚。
体調が悪いと学校をサボることもしばしば。
部活で自分の能力を発揮したいと思っていたが、ダンスの練習では先生に名指しで下手くそと言われ、歌も楽器もずば抜けてうまいわけでもなく、二年生の時はコンクールの選抜メンバーにパートの同期の中で一番最初に落とされた。
テレビに写ったのはほんの一瞬。
それでもなにか結果を残そうと奮闘するも、部活のみんなには迷惑をかけてばかり。
個人として名を残すような結果は残せず引退。
告白されて付き合った先輩には、三ヶ月でフラれ、その後も男っ気なし。



全然キラキラしてない。それどころか、もしかしてあんた、落ちこぼれだったんじゃ・・・?


と思うような高校時代。



私はずっと、自分はすごいと思っていた。


私の父は夢を叶えた人なんだ。


私の小学校では七つの習慣を学んでいたんだ。


私は吹奏楽部の名門校にいたんだ。


そんな自慢ばかりしていた。


でも大人になるとだんだんわかってくる。


私がすごいと思っていたのは、私自身のことではなく、私の周りにあったものだということを。


まるで、ジャイアンの後ろに隠れながらヤイヤイいってくるスネ夫のように。


あるとき私は、自分の過去を振り返ってみて、グループや団体でなにかを成し遂げたことはあっても、私個人としてなにか大きな結果を残したことはなかったことに気がついた。


だからこそ、所属していたところのすごさばかり自慢していた。


本当は結果を残したかったのに、残すことができなかったから。


派手な鎧を着ていても、鎧を脱いだ中身はなんとも貧相なものだった。





どこに所属してたかとか、親が何してる人だとか、そんなものはなにも意味をなさない。


本当に大事なのは、そこで何を経験したか。


そこでの経験を通して何を学んだのか。


どんな価値観を築いてきたのか。


社会に出て活きてくるものは、結果的にそういうところなんだ。




ものは言いようで、見方言い方次第で物事をプラスにもマイナスにもできる。


自分がマイナスだと思っていた経験や出来事は、視点を変えればプラスになるかもしれない。


逆もまたしかり。


大事なのは、発想の転換。視点の転換。


だから私は、それでも私はすごいも思ってる。


人生そんな、悪いもんじゃない。





なんてことを、ドラマ「先に生まれただけの僕」を見ながら思ったりしたのでした。(・ω・)


💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

10年後の理想像

どうもやっちーです。(・ω・)



10年後、私は「誰かの人生を好転させられる【影響力】のある人」になりたい。



そして私が特に影響を与えたいのが、10~20代の若い世代。



欲しいものはなんでも手に入る、バーチャルな世界で簡単に人と繋がれる、名前や顔を出さずして人を攻撃することも救うこともできる、そんな豊かで退屈な現代。


そんな現代の日本の未来を背負っていく若者の中で、自分に自信の持てない子、夢がわからない子、大きな感情の起伏もなく、毎日を何とな~くすごし、特に夢も希望も持てず、自分の可能性にも気づかず、何でも手にはいる現代に退屈し絶望している若者のどれだけ多いことか。



誰よりも無限の可能性を秘めているのに、
誰よりも光輝く魂を持っているのに、
誰よりも未来を切り開いていく力を持っているのに、
それに気づかず自分はだめだと決めつけている。



もったいなさすぎる‼




努力と我慢と根性でのしあがる時代はもう終わった。



これからは、ありのままの自分で、わくわくの感情にしたがって自由に生きていく時代。



そんな幸せな時代に生まれてきたんだから、そんな世の中を一人でも多くの若者に楽しんでほしい。



制限をかけているのは、他でもない自分自身。



未来は望んだ通りに書き換えられる。



私はそれを伝えたい。




・・・という独り言。(笑)


💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

肉体はただの塊でしかない

どうもやっちーです。(・ω・)


昨日は朝四時起きで伊豆へ。



(なお前の日は仕事帰りにボルダリングってきたので腕が筋肉痛)


秋の海潜ってきた(・∀・)
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二ヶ月前に群れで泳いでたbaby達が大きくなってて、「お前たち大きくなったなー」とか思いながら潜ってた(・∀・)(笑)



寒くなってくると、海の透明度も増すらしくて、潜るにはめっちゃ良い時期らしい✨
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はじめてのドライスーツは苦しいし慣れるまで大変だけど、ジャージ着たまま潜れるから良いよね(・∀・)





海の中って、基本重力関係なくなるから、重いタンク背負ってても重さ感じないし、自分の体重さえも関係なくなってる状態だから、海から上がったときのあのずしっと来る重さが来るんだよね。



で、ボートダイブやったときに終わって上がってきたとき、波に酔ったのか、体に力が入りにくくて頭がボーッとするような、気持ち悪いまではいかないけどだるいというか、なんかそんな感じだったんよね。



海から上がりたくなーい


歩きたくなーい


体重ーい←タンク背負ってるから当然


とか思いながら、船に揺られて港に戻り、片付けしたりしてたんだけど。



なんかこの感覚どっかで味わったことあるような・・・




と思って遡ってみたら、思い出した。




ZEROのあのワークやったあとの感覚だ‼💡∑(゚∀゚)



お母さんのお腹の中(羊水)と海水の成分は似ているらしい。



つまり海の中にいるというのは、お母さんのお腹の中にいるようなもの。



重力、肉体の重さから解放されたこの場所がどんなに居心地が良いか、



この肉体がどんなに窮屈で、重たくて、息苦しいか、



たぶん、細胞レベルで記憶している。



私の魂は自由で快適な世界を求めているから、この肉体という檻の中がきっと窮屈で仕方ないんだと思う。



・・・まぁだからといって死ぬわけにもいかないんだけど(笑)




でも私の魂は、この世を楽しむために、遊びにきているはずだから、せめて檻の中にいても思いっきり楽しめるように、もっと魂が喜ぶようなことたくさんしてあげたいな。



それが、ダイビングやボルダリングみたいなアクティビティだったり、旅行だったり、そして仕事だったりするわけなんだけど。




そんなことをぼんやり考えながら海を眺める昼下がり。
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はぁ、至福💖(*´ω`)


💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)

執着ってなんやねん

どうもやっちーです。(・ω・) 



理想のパートナーシップを手にいれるために、「執着を手放す」っていうのがここ数年私の中のテーマとしてあるんだけど、



今まで付きまとってなかなか離れなかったその執着が、最近ようやく離れつつあるような気がしてるのです。



一方で、最近の私のマイブームは


「自分の結婚式を妄想すること」


どこでやるかとか(これは昔からずっといってるけど)、どんな披露宴にするかとか、二次会の入場であんなことやりたいとか、そういうのを妄想するのが楽しくて、暇さえあれば妄想してるし、結婚願望もいい感じに高まってる。



(・・・ほらそこイタイやつとか言うんじゃない)




で、ふと思った。




「これって執着になる?」





結婚願望はまあまあ強い。



でも、別に「今すぐどうにかしなくちゃ」とかいう焦りみたいなのは特になくて、「そのうちなんとかなるっしょ」ぐらいにしか思ってない。



日常生活は充実してるし、仕事も順調に忙しい。

やりたいことも好きにやれてる。

基本的に不満はない。

余計なこと妄想して楽しく悩むくらいには心の余裕も持っている。

その前提があった上で望む、理想のパートナーシップ。

果たしてこれは「執着」ということになるのだろうか?



とふと思ったので、Google先生に聞いてみた。(笑)




そしたら、こんな記事を発見。

https://www.counselingservice.jp/lecture/15177/



この記事によると、どうやら執着というのは、怖れの感情が前提にあるらしい。


ほほう。(・ω・)



そういえば、最近は怖れという感情が前に比べてずいぶんと少なくなった気がする。



だって怖れることないもの。



本気出せば私はなんでも引き寄せられるということが最近体感でわかってきたし(笑)



怖れを感じても、それを感じている自分を認めて許せるようになってきてるから、大丈夫。



・・・あれ。



私、最強かよ(・∀・)(笑)



てことは、私ちゃんと、前に進めてるってことだ。よしよし。(・∀・)




執着を手放したくば、怖れを手放すべし。



怖れを手放したくば、自分を認め、許し、愛すべし。



・・・うん、今私いいこといった(・∀・)←


💖愛と幸せおすそわけ💖
やっちー(・ω・)